用意はいいかい?
 


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名のある店だとはいえ、裏街寄りのそれだから規模も知れている。
いくらなんでも公会堂とか音楽堂なんてほども大きな代物じゃあなくて、
一番大きいホールを座席なし状態にして何とか100人弱は入れるかなというところか。
そんなライブハウスの 今宵の年越しセッションライブが始まってさして間もない頃合い、
演者やスタッフが行き来しているバックヤードへ、招待状もなく文字通り飛び込んできた闖入者があり。
嵌め殺しになってた天窓をかち割ってという乱暴な特攻で飛び込んできた其奴は、
大きさや羽ばたきのせわしさから どうやら何か小鳥の類のようで、
思わぬ場所へ飛び込んだがゆえの恐慌状態なのか、それともガラスにぶつかった衝撃で脳震盪半分という混乱からか、
やや広めのホールになってた待ち合い空間のあちこちへバタバタと落ち着きなく飛び回るばかり。
そんな様子に居合わせた人間の側もまた、微妙なパニックになりかけていて。
何と言っても出演者の大半が女性ばかりというシチュエーションの店であり、
年末セッションという特別なギグなため ちょいと有名どころの男性ユニットもプログラムには入っちゃいるが、
他が女性ばっかでは双方落ち着くまいと 別に楽屋を割り振られていてこの場に居合わせてはいない。
裏方区域だからという微妙な節電か さほどには明々としていないせいもあり、
乱入者も居合わせた顔ぶれも同じくらいのパニック状態。
逃げ場を探してか、濃い羽ばたきを負ったまま壁まで特攻しかかれば、
そこにいた女の子らがきゃあきゃあと声を上げ、頭を抱えて逃げまどい、
そんな声が脅威となるか、小鳥の方も目がけた壁から器用に逃げて別な方へと飛んでゆく。
そんな鬼ごっこもどきになっているホール内だが、

 「やっぱり不自然だよね。」
 「はい。」

慌てふためいてと言っても、そうそうああまで激しい羽ばたきで飛び続けられるものだろうか。
大空を滑空中なわけじゃあないから羽ばたきが要るのは判るとして
恐慌状態なら尚更に力尽きるのも早いはず。
さして掛からず 床か壁際のスチールロッカーの上へでも落ちるか止まるかするもんだろうに、
落ち着いて見ておれば延々と飛び続けているのはやはり不自然。
逃げ惑う少女らの歓声にはっとして方向転換しているというより、
絶妙な位置でホバリングし、飛行方向を切り替えているのは明白で。
その折の強い羽ばたきも、必死懸命な動作というより むしろ威嚇のためとしか受け取れぬ。
谷崎の異能 “細雪”で姿も気配も完全に消されている格好ながら、
それでも一応は身を寄せ、小声でやり取りしていた探偵社の二人。

 「ああいうラジコンとかドローンとかでしょうか?」
 「それはないな。」

建前的には 演奏の撮影はお断りという方向で、
店内でのスマホやタブレット、デジカメなんていう電子機器への使用はご法度にしているし、
今宵は念を入れてのこと、こそり使いたくともジャミングするよう
設定された電波帯以外への妨害電波を流してもいる。

 「じゃあやはり、異能で動かしている?」
 「十中八九、その線だよ。」

細雪という隠れ蓑は相変わらずに完璧で、
小鳥、いやいや、その操縦者にも気配は届いてないらしく、
時折こちらの頭上にも不公平なくやって来るのを見上げた敦が、
よぉしと表情を引き締めて、

 「とりあえず アレを捕まえますね。」

一昔前のリカちゃん風、袖やらスカートやらへチュールをかぶせた
愛らしい系の女装をしているとはいえ、
スカートの下には膨らむようにとパニエをたっぷり重ね、
同色のハーフトレパンも重ね履きしているので豪快な活劇に遠慮はいらぬ。
細雪の効果で 姿は誰にも見えてないとの後押しも頼みにし、屈みこんで脚にぐんとばねを溜め、

 「……えいっ。」

何度目かの接近を読み、小鳥を目がけて飛び上がっては取っ捕まえんと手を伸べたが、

 「何かセンサーでも付いてるのかなぁ。」

随分な瞬発力を発揮したのに 何度やってもすんでのところで指先から逃げられる。
的が小さく素早いのはそれとして、
敦だって虎の感覚、視力や動態識別、反射などなどの勘を
細雪という隠れ蓑の陰だからと制限範囲なく出力最大にしているのだ、
だというに、特殊な相手でもないのに捕獲できないとは忌々しい。
壁を蹴って中空での方向転換も取り入れているのに、
ひょいと逃げてしまうのが憎たらしいと、表情がどんどん強張る虎くんで、

 「羽根のひと欠けも、零さないのも、不自然ですよね。」
 「…敦くん、あんまりあちこち踏みつぶさないで。」

捕獲作戦へ集中しているものか、標的を見据えたまま ついつい声が弾んでいる虎の子へ、
弁済云々はともかく、姿が見えないまま踏みつぶされてくスチール家具の惨状とか、
会場から漏れてくるロックの演奏でも抑え込めてないガンガンガツンという結構な物音やへ、
新手のポルターガイストみたいだからだろう そっちに怯えてる子もいるよと。
谷崎が自分でも今更気づいてあわあわし出しておれば、

 「あれ?」

追い回していた小鳥が 力尽きたか不意にぱたりと床へ落ちた。
かつんからからという硬質な音といい、やはり無機物、
羽ばたく仕組み付きの一種のドローンという“木偶”だったようで、
随分と強い羽ばたきの音がしたのは効果音用にスピーカでもつけていたものか。

 “でも、なんでいきなり…。”

飛び込んで来た時にどこか傷めたか、それにしては随分と飛び回り続けてた。
それに異能で制御していたなら故障なんて関係なかろう。
随分とフェイント一杯な制御だったからそこまでプログラミングされてたとは思えない。
至近に居ずとも動かせたのか?此処に居合わせてる中に操縦者がいたものか?
疲れたとか限界が来て辞めたのかな。
でも、この こっそりとはいえ厳戒態勢の中、
こんな判りやすいことしたら
草の根分けてもというノリで誰の仕業か引っ張り出されようと判りそうなものだろに。

……とかどうとか、
仲間内でもいろいろな意味合いから震え上がるような
社の手ごわい顔ぶれを思い起こしつつ、(笑)
自身もあちこちへの飛び回りからは落ち着いて
床へ戻って転がっている木偶を見やっていた敦だったのへ、

 「…っ。」

天窓の破れから、別口の何かが飛び込んできて。
その鋭さに先程とと同等の物騒な気配を感じたか、
不意打ちの気配を察したそのまま振り向きざまに獣爪を現し受け止める。
飛んできたのは小ぶりのナイフで、これはもう人の仕業以外には考えられず。
まさかに“細雪”を看破したのか、
そこまでいかずとも、何かよく判らない熱源があると見える異能者でもあるものか。

 「外に居るのは間違いない、追いますっ!」

小鳥もどきの乱入といい、追いかけるよな今の凶器の投擲といい、
此処をお騒がせの場としたい悪意の主が居るには居ると、
素早く見切りをつけた虎の子くん。

 「待てっ!」

そのまま扉を蹴り開けて飛び出してったお嬢様仕様の敦だったが、
皆さまには勝手にドアが開いた、いやさ夜風が吹き込んだとしか思えなかったようで。
ますますと怪奇現象伝説が深まった模様。(いいのか、ライブハウスとして・笑)

 「あ、敦くん?」

いや追うまでしなくともと、自分は引き留めるために飛び出し掛かった谷崎の耳元へ、

 【聞こえるか? 幻惑の異能小僧。】

太宰や国木田とは違う、若い男の声がした。
聞かずにはおれないような厚みのある、存在感のある声で、
だが、このインカムは探偵社の面子で使うものとして電波帯も設定したはずなのにと、
少なからずギョッとしておれば、

 【敦は俺がフォローすっから、手前はそのまま そこの混乱を納めろ。
  悪いようにはしねぇよ、心配すんな。】

 「え、えっと?」

低められた声には切羽詰まった気配や逆に強制的な響きはなかったが、
それでも現状を思えば そうそう従えるものじゃあない。
唐突が過ぎるその上、随分と略されたお言いようにあわあわしかかったが、
機転の利く谷崎には それが先ほど管制陣営へ報告したマフィアの幹部だというところまでは判った。
状況の流れとそれから、敦を敦と呼ぶ馴れ馴れしさにああやっぱり仲良しさんなんだと感じつつの把握だったが、
それにしたって、この指示へはどう対応したらいいものかと焦っておれば、

 【谷崎くん、そいつの言うとおりにしてやって。】

と、これは太宰の声なようで。

 【忌々しいが 此処はそいつの手助けを借りよう。
  敦くんを相手に無体はすまいからね。】

恐らく、ポートマフィアとしては、
この幹部殿を送り込んだところからして、この店のオーナーとはいい関係でいたいらしい、と。
そうとだけ告げられて、やっとのこと谷崎にも納得はいったよう。
了解と声を返し、まだ怯えの空気が濃いホールを見回し、
伏兵が尚の無体をせぬよう備える態勢へと切り替える。

 “森さんからの直接の指示には違いないんだろうな。”

作戦立案までという細かい指示ではなかろうが、
それでも、この件に関してのマフィア側の姿勢が太宰には把握できているようで。
先が見えたことで関心を失った乱歩のお供は賢治くんに任せ、
万が一という事態への対処を担当するべく管制用のボックスカーに戻った彼としては、
同坐する者がないのをいいことに
せっかくの美貌をしかめての 忌々しいねぇという不快感を載せた渋面を作っておいで。
このライブハウスのオーナー殿は 繁華街の表の顔として公的な場でも人望ある存在なだけに、
恩を売りこそすれ 憎まれるのは後々にも波及が出そうであまりよろしくない。
なので、適当な大暴れだとか 瞬殺だが非道な異能攻めで片付けるのではなく、
はたまた、何も起きなかったという格好、気配さえ漏らさずに闇夜の中にてすべての片を付けてしまうでなく。
場の空気を読んでの融通を利かせ、
居合わせた一般人には“何も起こらなかった”、若しくは“大した騒ぎじゃあなかった”と収めたい探偵社に
全面的に協力した方が重畳と断じているようだ。
探偵社の方々にも協力的にふるまってますよという空気を感じさせつつ、
だが、自分たちもこの一幕に参与していたと印象付けたい腹積もりなのが察せられ。

 “こちらがそういった意を拾い上げること、判っていてのわざとらしさなのか、それとも…。”

単なる将来への貸しとしてのわざとらしいアシストか。
それとも、そんな単純なわけないだろう?勝手に安堵しないでおくれと、
油断のならぬ何かを構えているものか。

 “面倒なタヌキだよ、まったく。”

いちいち癇に障ると思うのがいかんのか、
だがだが、少数精鋭という どうにも補えぬ欠陥持つチームな探偵社である以上、
不穏材料と感じられたことは 後顧の憂いにならぬよう
誰かがどこかで記憶の中へピン止めしておかねばならぬのもしょうことない実情で。
グローブの前、カーナビとは別のタブレットの画面に移動中の点滅を見やりつつ、
せめてあの元相棒だけは、純粋にあの子を案じて動いてほしいものだなと、
柄になく切なる思いを向けてしまうのだった。



to be continued.(19.12.22.〜)


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 *年末のお話がこうまで長引いてしまった。
  もう年も明けて
  節分の話題やらバレンタインデーの前哨戦の話が出てるというに。ううう